自分のいる場所で「どう生きていくのか?」を問い直す

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恥辱

  • タイトル:恥辱
  • 著者名:J・M・クッツェー/鴻巣友季子訳
  • 出版社名:早川書房 
  • 刊行年月日:2007/7/15
  • ページ数:350ページ
  • ジャンル:小説
オススメの読者対象
  • 本当のアフリカを知りたい人
  • 文学好きな人

あらすじ

ある男の転落物語。ケープタウンに住む52歳の大学教授、デヴィッド・ラウリーは、2度の離婚を経験したのち、娼婦や手近な女性で欲望をうまく処理してきた。そんなある日、生徒と関係を持ち、告発されてしまう。大学は辞任に追い込まれ、セーレムで農園をはじめた娘の家に転がり込む。そんな矢先、娘のルーシーの家に強盗が入り、彼女は父親の前で3人の男にレイプされる。「警察に訴えよう」というデイヴィッドに、ルーシーはここはわたしの生活の場なのよ。この身になにがあろうと、わたし独りの問題であって、あなたには関係ない」と言い放つ。

アフリカの現実を描くとともに、人間の尊厳、人種差別、歴史問題について描いた傑作。

アフリカのノーベル文学賞受賞作家(2003年受賞)の作品。本作では、ブッカー賞史上初となる二度目の受賞を果たしている。

アフリカにはどんなイメージを持っていますか?

キリンやゾウ、ライオンなど、大自然のなかに野生動物がたくさんいるイメージ?

それとも、ピラミッドや砂漠のイメージでしょうか?

アフリカ大陸は、3037万平方キロメートル(日本の82倍)の広大な土地に、56の国があり、11億人の人が暮らしています。

本書の舞台である南アフリカ共和国は、1994年にマンデラ政権が誕生するまで、アパルトヘイト政策により人種差別が合法的に認められていました。

ヨーロッパとの歴史は、大航海時代がはじまった15世紀末からはじまっています。

アフリカに行くと、肌の色やヨーロッパのどこの国の血が混ざっているかなどで、アフリカーナー、カラードなど細かく分類されているそうです。

2020年、アメリカから世界へと飛び火した「ブラック・ライブズ・マター」運動にみられるように、今でも黒人差別はとても根深い問題です。

著者のJ・M・クッツェー氏はアフリカーナー(オランダ系)の系譜で、見た目は白人です。

ケープタウンで生まれた彼は、黒人の少年たちが、白人の大人たちから当たり前のように差別され、奴隷のように使役されるのを見ながら育ち、そんな様子を目にする度に傷ついてきました。(『少年時代』より)

クッツェー氏の作品には、誰が黒人で誰が白人かということは書いてありません。

ですが、そんなことを書かなくても、地位や職業がそれを表わしているのです。

大学教授や農場主は白人。彼らに使われる人は黒人。

でも、アフリカは黒人の土地だ。

白人や白人の血が混ざったアフリカーナ―やカラードたちは、いずれ出て行かなければならない。差別する側として彼は、常に肌でそんなメッセージを受け取ってきたといいます。

そして、強盗、レイプ、殺人…が日常茶飯事の国

なにかを所有するリスク。車、靴、ひと箱のタバコ。なにもかも行きわたるほどは無い。車も、靴も、タバコも。人が多すぎ、物が少なすぎる。ここにあるものを使いまわしていくしかないのだ、誰もが一日でも幸福になれるチャンスを得るには。

『恥辱』より

スーダン内戦で難民となった子供たち「ロストボーイズ」の人生を描いた映画、『グッド・ライ~いちばん優しい嘘~』を観た時にも、逆の意味でそれを感じました。

スーダンの難民キャンプからアメリカに行くことになった主人公は、キャンプに残ることになった友人に、自分が履いていた靴を別れぎわに手渡して旅立ちます。

彼らは、食べ物も、服も、靴も、そして運命さえも分け合って生きているのだ、と感じました。

アフリカ人の心の広さと、無慈悲なまでの残酷さ。まるで大自然そのものです。

野生動物のように、運命をそのまま受けとめて生きていく人生観。

「生きるとは、どういうことだろう?」

「自分は今いる場所で、どう生きていくべきなのだろうか?」

アフリカを知ろうとする度に、そんな根源的な問いを突きつけられる想いがします。

アフリカとヨーロッパの歴史、人種差別の歴史、そんなことに想いを馳せながら、自分の内面を見つめなおさせてくれる作品です。

著者紹介

J・M・クッツェー John Maxwell Coetzee

1940年、南アフリカのケープタウン生まれ。コンピュータ・サイエンスや言語学を南アフリカとアメリカで学ぶ。
1974年、『ダスクランド』で長篇デビュー。『石の女』(1977)と『夷狄を待ちながら』(1980)で、南アフリカで最も権威あるCNA賞を受賞。
1983年に発表した『マイケル・K』で、英国のブッカー賞、フランスのフェミナ賞を受賞するなど世界中で高く評価される。
1999年発表の『恥辱』で、史上初の二度目のブッカー賞を受賞。2003年にはノーベル文学賞を受賞した。
同年には『エリザベス・コステロ』(早川書房刊)を発表している。2002年よりアデレード大学で客員研究員となり、オーストラリアで執筆活動を行なっている


翻訳 鴻巣友季子

お茶の水女子大学大学院修士課程英文学専攻。英米文学翻訳家。

鴻巣友季子さんTwitter

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  • 原題:The Good Lie
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ツバメ

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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