肉体のジェンダーを笑うな
- タイトル:肉体のジェンダーを笑うな
- 著者名:山崎ナオコーラ
- 出版社名:集英社
- 刊行年月日:2020/11/5
- ページ数:264ページ
- ジャンル:小説
作品紹介
2004年に芥川賞を受賞した『人のセックスを笑うな』を彷彿させるタイトル。
「父乳の夢」「笑顔と筋肉ロボット」「キラキラPMS(または、波乗り太郎)」「顔が財布」の四編を収録している。
ジェンダーや外見による差別を、今までとは違う視点から、やさしいまなざしで、ユーモラスに描いた作品集。
生きづらいな、と感じたときに手に取ってほしい本
ジェンダーによる差別を感じたことがありますか?
山崎ナオコーラさんの小説では、「男」や「女」といった性別を表す言葉が出てこない。
性別を表す言葉を使わないで小説を書く、というのは至難の業だと思う。
ジェンダーによる差別というと、女性側の視点で、女性の地位の低さや不平等さばかりを描きがちだが、男性側の苦しさや生きづらさをきちんと描き出すところに、山崎さんのやさしさを感じる。
現在、山崎さんは2次の母として子育てをしている。
「父乳の夢」はそんな生活の中から着想を得たのだろう。
子どもを授かったばかりの夫婦の物語だ。
料理や家事が得意な夫と、仕事に生きがいを感じている妻。
ミルクを作って、おしめを替えて……どんなに父親が育児に精を出しても、泣きじゃくる赤ちゃんを一瞬で静かにさせてしまう〈母親のおっぱい〉にはかなわない。
ところが、ここは近未来。
父親も母乳ならぬ父乳を出せる時代がきていた。
「俺も父乳が出せたなら!」と密かに願ったことのある男性も多いのではないだろうか?
そして、母親たちのプレッシャーや生きづらさも見事に丁寧に描き出す。
子育てで生きづらさを感じている人には、うなずけるところがたくさんあるのでは?
「笑顔と筋肉ロボット」では、
男らしさとはなんなのか? 女らしさとはなんなのか? を問い直す。
主人公の紬は小柄であまり筋肉がない。
笑顔で「ありがとう」と言えばいいんだと教えられ、その通りに生きてきた。
重い物や高い所にあるものは、いつも夫が取ってくれる。
そして、「ありがとう」と言うと、夫は満足気な顔をする。
ある日、そんな日常が一変する。
紬が筋肉ロボットを衝動買いするのだ。
ダウンタウンの浜ちゃんが宣伝しているマッスルスーツのようなものだ。
生まれて初めて、重い物を軽々と持つことができた紬は、
「ロボットがあったら、もう性別はいらないのだ」と張り切る。
しかし、存在を否定されたと思った夫は、冷たい態度にでる。
重いものを運ぶのは負担じゃない。君は「ありがとう」と言うだけで良かったんだ。僕に頼ればいいんだよ、と言う夫に対して、紬が放つ言葉が胸に刺さる。
「障害のある人にもそう言うの?『健常者の方が楽にその作業をやれるから、障害のある人はにこにこしながらじっとしていてください。“ありがとう”と言ってくれれば、仕事はしなくていいですよ』って言うの?」
「笑顔と筋肉ロボット」より
太宰治の小説に出てくる
「善をなす場合には、いつも詫びながらしなければいけない。 善ほど他人を傷つけるものはないのだから。」
「美男子と煙草」より
という言葉が胸によみがえる。
「自分はどうなのだろう?」と、はっとさせられる言葉だ。
そして、とことんまで話し合った夫婦の出した結論に、気持ちが軽くなる。
「役割分担は、もう時代に合わないんだろうね。必要とされていなくても、生きていかなくちゃいけないんだ。他の人でもできることを自分がやっていいんだね。たぶんさ、相手にできないことを自分がやるという仕事でしか自分の存在価値を確認できないと思い込んでいるから『できない人』を捻出しようとしちゃうんじゃない? 自分にしかできないことをやるんじゃなくて、相手にもできることを自分がやるんだね」
「笑顔と筋肉ロボット」より
肩の力を抜いていいんだ。
ただ、生きていていいんだ、と思わせてくれる作品だ。
「キラキラPMS(または、波乗り太郎)」はコロナ禍とコロナ後の世界を描いている。
歴史に残るであろう、世界的なパンデミックを現代の作家たちはどう描いていくのだろうか?
新しい文学が生まれるのだろうか?
同時代の私たちはその瞬間の目撃者になれるのだろうか?
コロナを描いた作品や、今後どのような作品が生まれてくるのかは、常に注目していきたいところだ。
それにしても、父親から母乳が出たり、男性が生理になったり、本当に頭のやわらかい、自由な発想の持ち主だ。
常に逆の立場からものを考える柔軟な視点と、あたたかい人間愛を感じる。
あなたも、不思議な未来の世界で、性別や思い込みから自由になってみませんか?
著者紹介
山崎ナオコーラ
作家。親。性別非公表。「人のセックスを笑うな」で純文学作家デビュー。今は、一歳と四歳の子どもと暮らしながら東京の田舎で文学活動を行っている。
目標は、「誰にでもわかる言葉で、だれにも書けない文章を書きたい」。
山崎ナオコーラさん[ブログ]
http://www.enpitu.ne.jp/usr/7614/
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